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2008/10/23

五体満足であることの有り難味

先週末、シチリアに帰省していた夫に、義母が見せたいものがあるといって出してきたものがあったそうです。

それは、一番上の義姉が小学校の時に学校で書いた作文でした。

彼女は既に50歳になりますが、小児麻痺を患い、小学校低学年の頃には自力では壁を伝っても歩くことが出来なかったそうですが、その頃に書いた短い短い作文。

”私は、他の人たちが本当の苦痛を背負って生きていくのがどういうことかをきちんと分かってくれることを祈りたい。”

子供ながらに自分の置かれた状況に苦しみ、回りの人間からもあたかも自らの存在が恥ずかしいものであるような印象を抱かせられ、辛い想いをしたのが伝わってくる文章でした。

(注:フェリーニの道など昔のイタリア映画のシーンで見かけることがありますが、一昔前のイタリアでは、心身に障害を持つ人間は恥ずかしいものとしてお家からは出さずに奥底の部屋に隠して暮らす人間が多かったようで、かなりの偏見があったようです。)

確かに海外で暮らしていて日常の生活の些細なことにいろいろと不満を持つことがあったり、外国人であることでいろいろとハンデを感じることも経験したりしますが、それでもこうやって五体満足で自分の思い通りに生きられること、本当に有難いことなのだと感謝しなくてはと彼女の言葉を聞いて思いました。

彼女は数ヶ月前に転んで骨折をし、幸い患部はほぼ完治したのですが、骨折の治療期間中にただでさえ不自由なった体が、安静にしていたことでほとんど動かせない状態に陥り、一時期かなり精神的に落ち込んでいました。彼女も辛いでしょうが、それと同時に義母も同じくらい辛かったのだと思います。

幸い、理学療法士の訪問リハビリのおかげでここのところ少しずつは調子がよくなっているようですが、一度退化した筋肉を鍛えるのには根気が必要なようです。

体に不自由もなく生きていることが当たり前で、甘やかされて育った姪っ子甥っ子たちにもこの言葉を読ませて欲しいなと思った私でした。

きっと義姉だからこそ彼らに教えられることって沢山あると思うし、彼女から生きる強さを学んで欲しい、そして彼らが何かを学んでくれることで彼女の生きがいにも繋がる気がするのです。

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コメント

ホントですね。五体満足がどれだけありがたいことなのか。
でもやっぱり皆それが当たり前だとありがたみに気づかないもんなんですよね。
イタリアでは一昔前は障害者は外に出さなかったという話ですが、あたし、イタリアに来てから障害者見る機会が少ないなぁって思ってたんです。日本よりも圧倒的に見る機会が少ない気がするのはあたしだけなのか、それともやはりその一昔前の習慣が残っているのか、それとも、イタリアのガタガタ道はやはり障害者の方には難しいからなのか。

投稿: gellius | 2008/10/23 14:03

私も弟も小さい時にいわゆる虚弱体質で、小学校低学年って半分以下の出席率しかないんですね。お陰さまで、病院内にある学校に通うというところまではいきませんでしたが、そういう学校しか行った事のない子供たちとも小さな時に友人になりました。(病院から出る事の出来ない子供達の学校なんですけどね・・。)
でね・・大人になるに従いそういう事なども忘れていたんですが、ここ数年の手術であちこちの神経を失くして、それらを思い出し健康のありがたさを感じると共に、今更ながら人が持つもの(普段は気がつきもしない神経や機能)が、どれ一つとっても無駄のない大切なものだったか?に気がつかされて驚いているんですよ・・。

確かに他人の痛みは、人にはわからないものだと思います。例え同じ経験をしたとしてもわからない人にはわからない事もありますけれど・・。
お小さい頃のお義姉さまの悲しさがグッとくる文章ですね。子供は残酷だし・・。

イタリアね。障害者を見る機会は確かに少ないですよね。確か、精神病棟の扱いもほんの少し前まで本当にひどくて(例の電気ショックとか)ヨーロッパの中でもひどさで有名な精神病院があったと記憶しています。で、入ったが最後もう二度と外に出してもらえない手のものが多かったと聞きます。今でも、そういう風潮の名残があるんでしょうね。
が・・最近、カナレ5とかって、やたらダウンの障害者を出しませんか?あれ実は私大嫌なんですよ。完全な見世物という風にしか受け取れなくて・・。
イタリアって、障害者を普通に自然に受け入れるという体制は出来ていない国なんだと思います。
彼らの頭の中では『あくまで特殊』なんじゃないかしら?

投稿: ihoko | 2008/10/23 16:41

障害を持った人を日本もついこの前まで、家から出さない奥の部屋の暗いところ等に閉じ込めてあったものです。友人のお姉さんは、お母さんが亡くなると同時に遺産をもとでに家を出て自立されました。12年前のことです。

障害を持った人が割りと自由に日常活動が出来るようになったのはここ20年ぐらいではないかと思います。どうかすると、田舎では老人も暗い裏部屋に居られたことを思い出します。

障害を持つだけで大変なのに、社会がどう彼らを受け入れていくのか日本もまだまだの様です。

健康で、五体満足なものとして感謝しながら、彼らのために何をしたら良いのでしょうねえ?

投稿: 山茶花 | 2008/10/24 07:58

お義姉さまの文章、心に響くものがありますね。
私も普段は健康で5体満足でいることに、なんの疑問も抱かずに生活してますが、感謝すべきことだって、久しぶりに思いなおしました。

イタリア、少なくともシチリアでは、いまだに心身障害者を表に出さない傾向があるような気がします。
田舎の特徴なのかもしれませんが、やはり“異質なる物(者)”に対しては、受け入れる素地は出来上がっていないのかも。
ただ先日パレルモの小学校に見学に行く機会があった友人が言うには、特殊学級というものがないため、普通のクラスにそういう子供たちを受け入れていて、1クラスに2人以上いる場合、専任の先生がもう1人就くことになっているとか。
勿論お義姉さまの時代にそれはなかったでしょうが、そういう環境で育っていく現代の子供たちが、自分とちょっと違う人たちをも普通に受け入れていけるようになるかもしれないと信じていたいかな・・・。

と書きながら、実際自分がどれだけそういう人たちを受け入れているのか(精神的に)、反省してもいます。

投稿: kinuko | 2008/10/24 08:55

gelliusちゃん

ほんと、日本人として五体満足で生まれ、何不自由なく好きなことを自分で選べる立場であること、障害者の人たち、世界中の大変な国の人たちを見ていると余りにも自分たちが恵まれた環境を与えられているのを実感するよね。
イタリアの話、今も田舎のほうではまだかなり閉鎖的なとこが多いみたい。どこの国でも一緒だろうけど、田舎のほうは人々の流動が少ない分、メンタリティも昔の気質が残るんだろうね。
私ね、ここの町に引っ越してきてびっくりしたのが障害者の人たちが堂々といろんな場所で自立して行動しているのよ。コムーネも障害者の受け入れが結構しっかりしていて、図書館とかで軽度の障害者がお仕事してたり、足が不自由な人たちが電動の車椅子で散歩してたり。。。町の規模も小さいから一人でも不自由なくいろんなことが出来るサイズなのかもしれないけど、きっと自治体の受け入れによっても町の人たちの受け入れの姿勢も変わるような気がするわ。
うちのお向かいさんにもダウン症の男の子がいるんだけど、みんなに可愛がられているよ。

投稿: Aya | 2008/10/24 09:33

ihokoさん

虚弱体質でいろんなご苦労されて、普通の学校に通えない人たちとも接触があったとのこと、子供ってこうやって”特別扱い”されるのって凄い傷つくんだと思います。義姉はパレルモの特殊学校に寄宿舎があり、そこで寝泊りして学校に通っていたようですが、ただでさえ健常者よりも精神的にもろい部分がある上、小さな時から親元を離れての生活を強いられ、そんな中で自分が普通の人間とは違うというのを肌で感じさせられることに遭遇することが度々あったのでしょうね。
確かに人間なくしてみて初めてその存在の大切さに本当の意味で気づくものなのかもしれません。
KINUKOさんも書いていらっしゃいますが、最近のイタリアは障害の程度にもよるのでしょうが、普通クラスに一緒に生徒を入れ、先生の数を増やして対応していることが多いようですけど、子供たちは思っていることを何でも口に出すからこれはこれである意味残酷なことも多いような気がします。うまく共存できるように子供たちの親世代がまず変わらない事にはなかなか浸透しないのかもしれませんね。

投稿: Aya | 2008/10/24 09:43

山茶花さん

日本も都市部と地方ではかなり受け入れの態勢やメンタリティが違っているので、生まれる場所によってはこの方のほうに不幸な時間を長い間過ごされる方もいらっしゃるのでしょうね。

ただ、イタリアと日本を見ていて何が決定的に違うかというと、少なくとも障害者を支えてあげようという姿勢が見られるかどうかがかなり違っている気がします。
たまたま私たちが住んでいる町は障害者の受け入れの姿勢がありますが、大多数のイタリアの都市ではそんな制度はほとんど見られず、企業などの障害者の受け入れなどもほとんど考慮されていない状況。健常者の失業者ですら溢れている状況ですから仕方ないのかもしれませんが。
そんなわけで障害者が出て行ける場所というのが余りにも限定されている気がします。

まずは何不自由ない人たちは自分が持って生まれた健全な体がどんなに有難いことかをきちんと認識しないことにはその先には進まない気がします。これが当たり前と思う人間には決してこういうマイノリティの立場に置かれている人たちの状況はわかってあげられないと思います。
そして不自由な人たちの立場になって少しでもどういう苦労があるのか分かち合ってあげ、少しでもより暮らしやすい環境を作ってあげるために何をしてあげられるか一緒に考えて行動に移してあげれるようなオープンな基盤作りが第一歩のような気がします。
同情は出来るけど、実際には何をしていいのか困惑する人も多いのだと思いますが、例え実質的には何もしてあげられない状況でも、心の部分を支えになってくれる人がいるのといないのでは、生きがいも変わってくると思います。
個々人の出来ることは限られているかもしれませんが、そういう一人一人の数が増えることで、意外と世の中へ与える影響って大きいと思うのですが・・・

投稿: Aya | 2008/10/24 09:56

Kinukoさん

義姉の言葉、私もぐっときました。
アントニオから電話もらって、これは姪っ子(kinukoさんちに一緒にお邪魔した子です。)にしっかりと読ませなくては!と言っていたにも関わらず、甥っ子たちと遊ぶのに忙しくてついつい忘れていたようです(苦笑)
普通の人でもいろいろと壁にぶち当たることがありますが、辛い状況では自分がなぜこんなに不幸なんだと思うことも多いのでしょうが、自分で解決できる能力を持っている健常者とそうでない人間との圧倒的な違い、ちょっと考えてみるだけで、自分はまだラッキーなほうなんだと分かるようになるのではと思うのです。

確かにシチリアは島国だけあって、まだ古い気質が根強く残っているような印象を私も受けます。
学校の仕組み、そうらしいですよね。義姉はパレルモの特殊学校に入れられて、そこで寝泊りしていたようですが、それはそれで精神的にかなり堪えたようです。

彼女の場合、脳は正常に機能しているのもあり、余計いろんなことを理解できるために苦しむ部分が多いのだと思いますが、少しでもこういう人たちを社会が受け入れる体制が出来て、劣等感や偏見を感じることなく暮らせる世界になって欲しいと願うのでした。

私も実際に直接義姉に出来ることって本当に少ないのですよ。でも少なくとも彼女が望むことに協力することは出来るのかなと思っています。義父が亡くなってからはアントニオの存在が大きくなっているので、彼に出来るだけ多い機会シチリアに帰れるようにしてもらうとかも彼女にとってはとても貴重なこと。

これまでシチリアでは諦めの心地で障害者と暮らしていた人がほとんどで、実際義姉も何もやってなかったみたいで、在宅のリハビリの提案をしたり、彼女が暮らしやすい環境を整えるアイディアをあげたりして情報を提供することで、間接的に役に立てることもいろいろとあるかなと思っている今日この頃です。

投稿: Aya | 2008/10/24 10:13

お義姉さまの文章、ほんとせつないです・・・
私たち、五体満足で健康な状態だと忘れてたり、見えてないこといっぱいあるね・・・
私の父は片腕がなく母は片目が見えないの。二人とも障害としては軽いほうなので、自分たちでは普通の人となんら変わらないと思ってるし、そう過ごしてるので私もついいつもハンディのあること忘れてるわ。それが日常だったしね。でも一度自分で片腕を固定して、その状況を体験してみたらびっくりするくらい不自由で一日もたなかったわ。眼帯して片目隠して過ごした時もそうだった。ほんとにハンディーを理解することって難しいことよね。そんな両親についてからかわれて一瞬でも恥ずかしいと思った子供の頃の自分を、今は恥じるわ。両親は何も恥じてないのにね・・・今はただただ感謝よ。。
お義母さんもお義姉さんも、私たちには想像つかないいろんな思いを抱えて生活してこられたのでしょうね・・
私たちは健康に感謝して、障害持つ人たちを少しでもサポートできる生活目指さなくてはならないよね。

投稿: パーゴラ | 2008/10/24 11:40

パーゴラさん

ご両親もいろいろと人一倍苦労してこれまで生きて来られたんだろうね。でも素晴らしいご両親に育ててもらって良かったね。だからこそパーゴラさんは弱い人の立場をいろいろと理解できるんだと思うわ。
私も前の会社で体の不自由な人の立場を理解するために、同じような体験を同僚たちとしたけど、ほんと見ているとそんなに大変そうではないのに、ちょっとの障害があるだけで、思いのほか不便が多いのに気づくよね。
ほんと、自分たちの健康に感謝して、少しでも出来ることをやっていくことって大事だと思うわ。

投稿: Aya | 2008/10/24 17:24

ihokoさんも書かれているように特殊という見方の方も多いのかもしれないですよねぇ。。でも普通って何を持って言うんだろうっていっつも思います。
五体満足に生まれたことが普通ではないのよね、それを感謝していかないといけないね。
逆に五体満足であるばかりにいろいろなことに目が行かなくなっているのも事実なんじゃないかと思うのよね。
どんな状況でも誰にでも心配りと愛情がもてるようにならなくては。。と反省です

投稿: きっこ | 2008/10/25 17:03

きっこちゃん

そうなんだよね、まだまだ特殊な扱いをする人が余りにも多い気がします。
いろんな基準ってあるけど、絶対的なものではなく、人それぞれの意識の違いで基準って変わるものじゃない?
だから、こういう弱者の人にとって暮らしやすい環境作りとかが進むことで、こういう人たちが堂々と社会に溶け込める場所になってくれるといいなっていつも思うわ。
私たちもついついいろんなわがままな願望が多くなったりするけど、世の中には自分たちよりも何百倍も苦労している人や苦痛と共存している人を忘れないようにして平等な気配りが出来るようになるといいねっ。

投稿: Aya | 2008/10/26 08:32

日本もきっと数年前までは同じとは言わないまでも、似たような状況だったんじゃない?Ayaさん、五体不満足って読んだ?あれ読んでね、ホントに彼のお母さんの素晴らしさに感動したのよ、そして周りからの目を気にせずにお母さんの言葉を信じてすくすく育っていった乙武さん・・・でもね、やっぱり彼のお母さんや彼のようにしっかりと“何も違わない、ちょっと体に不自由があるだけなんだ”って思い行動するってのは、障害を持つ人自身も家族も、そして周りも、そうそう簡単な事じゃないと思うわ。イタリア、確かに見るの少ないね。うちの田舎町にダウン症の子がいるんだけど、その家族はちゃんと散歩とか一緒にしていてエライなぁって思った・・・ま、エライって思うこと自体、やっぱり私も“特殊”としてみてるのかってまた考えちゃうんだけどね・・・

投稿: くみこ | 2008/10/26 13:15

コメントご無沙汰でした。
五体満足への感謝を忘れがちになる自分がいて、今日はハッとさせられました。

日本でもチョット前までは、心身に障害があると座敷牢に入れさせられていた現実がありました。
現在は車椅子でどこでも行かれるよう、社会全体が変わってきてはいますが、当のご本人が一生抱える苦痛は計り知れないものがありますし、かえって前向きに生きてる姿に接し
自分の姿勢を問うこともあります。

以前頂いた、ピスタチオをフリーザー保存して少しづつ使ってますが今日ケーキの上にトッピングしました。
文中リンクさせていただきました。

投稿: studiopinot | 2008/10/26 14:18

くみこさん

五体不満足、大分前に読んだことがあります。
障害者の人生って家庭環境にもかなり左右されると思うな。肉体的な部分はもちろんだけど、精神的にどうやって支えになってよりよい生き方が出来るようにサポートできるかって本当に難しいと思う。

うちの町は結構障害者が積極的に社会に受け入れられるようにコムーネがしているせいか、本当にみんなが生き生きと出回っているのが最初とても印象的でした。
でもこれって家族だけでなく、周囲の環境作りもとても大事。外国人とかの差別とかとはまた別物だけど、同じ人間としてしっかりと受け入れてあげることが出来る社会になったら、彼らも少しは暮らしやすい気がするのでした。
そして健常者の子供を持つ親の教育も大事だと思う。子供たちの素朴な疑問に対し、何がどう違うのか、どんな苦労があるのかしっかりと教えていたら、いじめや嫌がらせも減ると思うんだよね・・・

投稿: Aya | 2008/10/27 10:10

studiopinotさま

お忙しくご活躍の様子、ブログを拝見しております。
こちらこそほとんど読み逃げで失礼しております。
五体満足であること、その他にも余りにも当たり前になってしまって、ついつい忘れがちなことって沢山ありますものね。
私も学生の頃、養護学校の慰問などを行ってボランティアしていましたが、彼らが重荷を背負って生きていることは手に取るように伝わってきましたが、それに対して自分で何が出来るのかがよく分からずに困惑したのを覚えています。
今も大して変わってはいませんが、直接何かアクションを起こすことだけが大事なのではなく、日頃の心がけを変えたり、間接的にでも役に立つような環境を作ったあげるなど別の視点から考えれるようになってきました。
障害の程度にもよりますが、本当に代わってあげたくても何も出来ないことって余りにも多すぎますが、少なくともきちんと社会全体が受け入れるような基盤が出来るような働きかけなどは一人一人で実行できると思うのです。一人の人間としてしっかりと受け止めてあげられるような環境が少しでも整うのを祈っています。
文中リンク有難うございます。
ケーキ、とっても美味しそうですね!緑のピスタチオとのコントラストもとっても素敵です。
今度、レクシーちゃんの画像もアップしてくださいね!

投稿: Aya | 2008/10/27 10:22

こんばんは
昨日はね、なんだか心が弱くってコメントできませんでした。

お義姉さんの言葉って、私には痛いです。
私は、健康に生活してきて途中でいろんな病気になって後遺症が残ってしまう人達を、リハビリすることが多いんだよね。
一旦すご~く悪くなっても、人それぞれに回復はしていく。でも、麻痺とかは現在の医学ではなかなか完全には治らない。
だから、歩けるように装具を作成して、「歩けるようになってよかったですね」 右手が麻痺したから左手で一生懸命箸を使う練習して、「またお箸でうどんが食べれてよかったですね」なんて声をかけたりしていたことがあった。
でもでもこのことって裏を返すと、「装具が無ければ歩けない」「左手でなければ箸が使えない」っていうことを、ご本人さん達に否が応でも納得させてることにもなるんだという・・・
何かでこんな風な文章を読んだ時は、本当にショックだった。決して間違った声かけではないんだけれど・・・
最悪と思われる状況から、すこしでも回復がみえていろんな能力を再獲得していることに目を奪われがちだけど
障害を持った方達と接するってことは、もっと奥深いものなんだなと考え込んじゃったよ・・・
障害を抱える本人とその家族の思いを、きちんと受け止められているのかな~って考え出すと、無力感に押しつぶされそうになることも度々・・・
昨日も、進行性の難病を抱える方の家族の気持ちを聞いてあげるだけで、な~んにも言ってあげられなくて、凹んでおりました。

でも、障害に向き合いながら(内面の葛藤は想像以上にすごいものがあると思うけど)、その人それぞれのレベルで近所を散歩したり、観光地までドライブしたり、旅行に行ったりと社会参加につなげる事が出来た時は、本当に嬉しいんだよね。
身体にハンディを持っていても、いろんな社会参加ができやすい世の中にもっともっと変わって欲しいなぁ~なんて

だらだらと長文でごめんなさい

お義姉さん、安静にしていたことによる悪影響を受けちゃったんだね
訪問リハビリで(イタリアにもあるんだね。なんかびっくり!)回復していくことを祈ってます。

投稿: あややん | 2008/10/31 13:57

あややん

貴重なコメント有難うね。

直面しなくてはならない現場で働いている立場で、いろいろと葛藤があるの、容易に想像できます。

完治する人ばかりじゃないし、現状維持できればそれだけでも幸せだと思わなくてはならない人も沢山いるでしょう。

確かに最初は自分が受けた障害を受け止めるのって納得するのに時間がかかると思うし、どこかで引っかかって生きていく人が大半だと私も思う。

でもね、きっとあややんたちのような在宅ケアをしている人たちの存在って本当に大きいんだと思うよ。
義姉もリハビリを始めてから本当にどん底まで落ち込んでいた気持ちが大分癒されてきて、リハビリの日を楽しみにしているの。
きっと彼女の場合、特別な機会を除いて外出すらすることがないから、こうやって定期的に家族以外の人と接する機会が増えることって社会とのつながりを感じるんだと思うんだ。そして励ましてもらえることで、頑張れる気持ちになると思うの。

確かに障害を抱える人間ととりまきの人間は苦痛は本人たちにしか分からない深いものだろうし、どうしようもならない人を見てると本当にどう言葉をかけてあげればいいか困るよね。

実家の近所のおばさんはリュウマチと膠原病でずっと寝たきりで一時期は本当にベッドからも起き上がれない状況だったのが、理学療法士を変えてから、食事の時にはベッドから置き上げれるようになったり、トイレにいけるようになっただけで、本当に精神的な負担が減ったみたい。でも去年東京に住んでいた娘さんがガンで亡くなってしまったんだけど、会いたいのに彼女にも会いにいけずにお葬式にも出れなかったからかなり堪えたみたい。御主人もかなりのショックだったみたいで、娘さんを亡くしてからはいきなりアルツハイマーが進み始めておばさんもとても不安だといってたわ。

いろいろと難しいよね・・実家に帰ると何度も遊びに行ったりお食事作って持っていったりするんだけど、何も出来ないけど、こうやって誰かと接することでしばしそういう辛いこととかから解放される気持ちになったり、新しい空気を吹き込まれたり、昔話したりしてなんとなく心が安らぐんだと思う。

ほんと心身にハンデを背負った人たちが一人の人間として少しでも暮らしやすい世の中になっていくといいね。
きっとあややんの仕事はこれから更に大きな鍵になっていくと思うから、頑張って。応援してるからね。


投稿: Aya | 2008/11/01 09:59

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